2001年7月7日(土) 遍路11日目
他の遍路と共に野宿
曇、雨、曇
国民宿舎土佐より朝焼けの海
 朝焼けが綺麗なので部屋から写真を撮る。

 昨日の遅れを取り戻すため5時40分に国民宿舎を出発。宇佐大橋までは昨日歩いた道を戻る。足が痛くないので快調だ。
人のエゴ
 海岸線をこれでもかってくらい進む。上の絵は木陰で休んでいるときにノートに書いた。ぐるっと周らずに橋で海岸を繋いでくれないかな。人間のエゴだ。トンネルも人間のエゴになる。トンネルはすごいものだ。エゴが現実化しているわけだし、色々な所にある。

 雨が降り出す前にガンガン歩こう。

 須崎市[すさきし]の大きな薬局でテーピングを買う。そろそろなくなりそうだったので安く売っていそうな大きな薬局を探しながら歩いていた。

 須崎警察署から400mくらい先にコインランドリがあった。洗濯物がないのでそのまま通過。

 須崎中学校(川を渡る手前)に道の駅発見。道の駅「かわうその里すさき」。参考書は古い。それに道路地図ではないので道の情報が極めて少ない。遍路道から外れるとほぼ情報量ゼロ。遍路道以外は通るなと言うことなのだろうか。作った人の陰謀では無いかと思ってしまう。

 道の駅で昼食を食べようと入ってみるが料金が高い。しかも1時間待ち。トイレだけ利用。ちょっと休んでいたら雨が降り出した。カッパを着て歩き出す。

 これから先、山道と車道で選択肢がいくつかある。僕は迷わず車道で行く事にする。なぜなら雨で山道は危ないからだ。それに、なんだか復元されたと言う山道が気に入らない。廃れたのには理由がある。それが人のエゴであってもだ。山道を復活させるのは環境破壊ではないのか。この辺の議論は余り意味をなさない。
峠を登りきって感動の山々?
 雨が止む。上の写真は七子峠あたりから山々を撮ったものだと思う。延々と登ってきたのでどこで写したか分からなくなった。峠を過ぎた所で夕飯を食べる。峠に行く前のスーパーで明日の朝食用パンと夕飯のご飯を仕入れておいた。時間は17時30分。寝れそうな場所が無いので進む。

 JR影野駅[かげのえき]に19時ごろに到着。遍路道から100mほどしか離れていないので近い。待合室に入ると先客がいた。台車に荷物を満載させた小柄なおじいさんだ。杖を持っているので遍路だろう。僕の心臓がドクドク高鳴ったが「勝てる(何に?)」と思い落ち着く努力をする。おじいさんはベンチに転がっており、挨拶をしてもう一つのベンチに僕が陣取る。おじいさんは「猫臭い」と一言、眠ってしまったようだ。僕はなんとなくやばいなぁと思い、ホームへ行く。待合室の軒下に一つベンチがあるのでこちらで寝ることに決める。多少の雨なら吹き込んで来ないだろう。距離を取ったほうが良さそうだと判断した。

 寝る前、お金やカードを分散させて寝る。もちろん、靴の中にお金を入れた。取られてもいいように財布にいくらか残してね。ベンチに転がりながらノートに日記を書く。

 歩いているとき、休んでいるとき、自分はどうするのだろうと思う。このまま回るのが良いのか、途中で帰るのが良いのか判断がつかない。一体、自分の行為は何になっているのか。時間を費やしお金を費やしどんな意味が有るのか?今、隣で寝ている老人には帰る所が有るのか、なぜ回わっているのか、そして自分は。普段の生活から逃げてきたのだ。逃げてきて逃げられなくなっている。家族に、友人に、四国に来てお世話になった人に、知らない他人に感謝する。自分は一人ではない。元気を出さなくてはならない。旅の終りを感じることはあるがそれも逃げることだ。人々の思いの支えになりたい。本当の終りは見えないけれど、今は四国を回る一人になりたい。

 そんなことを綴って眠りにつく。夜半に少し雨が降ってくるが濡れなかった。

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